【第 73 話】 仮の人 ◆sFvsmjhswAfh 様
『蔵に住む者』
K子さんが子供の時分の話だ。
夏休みになるとH県にある母の田舎で2週間程過ごすのが毎年の慣習となっていて、その年もK子さんは母に連れられ、田舎に帰省することとなった。
しかし、K子さんは不満だった。
年の近い親戚の子たちはみんな男の子であまり一緒に遊べないし、毎年遊んでくれていたお姉さんは今年はアルバイトがあるとかでこちらに帰って来ないらしい。
K子さんは殆どの時間を一人で過ごすこととなった。
はじめは近くを散策したり、一人遊びをしてみたがすぐに飽きた。
持ってきた宿題も終わらせてしまって、さあ、やることがない。
そこでK子さんは思いついた。
K子さんが滞在している祖父母の家には、古い蔵がある。
古い農具などを仕舞っているから危ないと、絶対に入ってはいけないと口をすっぱくして言われていた蔵だ。
そこを冒険しよう!
思いついたら吉と、蔵まで走る。しかし当然のことながら、蔵の扉には鍵が掛けられていた。
暫くガチャガチャやってみたが、古い錠前は意外に丈夫で開けることはできない。
そこで止めていれば良かったのだが、K子さんは諦めきれず、鍵を探すことにした。
次の日。
遊びに行ってきますと家を飛び出したK子さんの手には蔵の鍵が握られていた。
几帳面な祖母がまとめて管理していたおかげで、あっさりと鍵は見つかり、こっそりと拝借してきたのだった。
辺りを見回し、蔵に入り込む。電気がちゃんと生きていてほっとする。
蔵の中には様々なものが溢れていた。ガラクタと骨董品と用具が入り混じっており、それを眺めるだけでもワクワクする。
その日から、蔵はK子さんの秘密基地になった。
蔵に入り浸るようになってから数日後。
K子さんは蔵の奥に大きな屏風を発見して、それをもっと広げて見てみたいと奮闘していた。
1辺が畳1畳分程のあるそれは結構重い。そこで、後ろから押してみたらどうだろうと屏風の裏に回り込んだ。
「あれ、ドアがある」
今まで屏風で隠されており気が付かなかったが、閂の掛けられた木製の黒い扉がそこにはあった。
表面には黄色く変色した紙が貼ってあり、なにやら書かれていたが、当時のK子さんには難しい漢字で読めない。
K子さんは少しだけ躊躇った後、扉を開くことにした。
ぎいぃぃぃぃぃ。
鈍い音を立て、扉が開く。カビ臭い。
暗闇の奥で、何かが動いた。
「……だれ?」
震える声で問いかけると、その問いに応じるように影がゆっくりとこちらに向かってきた。
やがて姿を現したのは、真っ赤な服に身を包んだ、髪の長い女だった。
「……だれ?」
K子さんがもう一度同じことを聞く。
女は答えず、K子さんに向かって腕を伸ばした。K子さんの首に手が掛かる。――――氷の様に冷たい手だった。
女が蛇のような細い目で笑った。
「いやあああああああああああああああ!!!!!!」
K子さんは声の限り叫ぶと、女を突き飛ばして駆けだした。
もつれる足でなんとか蔵の外に飛び出すと、その場でへたり込んで泣き出してしまった。
泣き声を聞きつけ、祖父が駆け寄ってくる。その顔を見てほっとしたK子さんは更に泣いた。
漸く泣き止んだK子さんが何があったかを話すと、祖父は青い顔で、
「そうか、まぁだいたんけぇ」
と呟き、じい様に聞いた話だが、とこんな話をしてくれた。
この蔵がまだ建てられた直後、子供が行方不明になる事件が相次いだ。
犯人は若い女で、この蔵で子供の首を絞めているところを発見され、そのまま蔵の奥に閉じ込めてしまった。
暫く経って見に行くと、飲まず食わずのはずなのに女はまだ生きている。
また閉じ込めて、もう死んだだろうと見に行くが、まだ女は生きている。
それが何度も繰り返され、何年経っても、何十年経っても、女はその時のままの姿で居るそうだ。
そして、もう殆どの人が女を忘れた今でも、暗い蔵の奥に女は閉じ込められたままなのだと。
「大丈夫だぁ。なんでかはわからんが、あいつはあっこから出てこれはせん」
祖父は、ぽんとK子さんの背中を叩くと蔵の中に消えた。奥の扉を閉めに行ったのだろう。
戻って来た祖父がなんでもない顔で蔵の鍵を閉めると、やっとK子さんは安心することができた。
その後蔵の鍵は厳重に保管されることになり、誰も蔵には入れなくなった。
このまま蔵が朽ち果てるまで、そのままにするのだと言う。記憶のまま消えてしまうのが一番良いのだと。
しかし、あれから十数年が過ぎた今も、K子さんは思い出す。
今もあの蔵の中に、あの女はいるのだろうか、と。
【了】