【第 46 話】 葛 ◆.zethFtqnU 様

『肝試し』

 

先輩はよく、一番仲のいい友人と一緒に、あちこちの心霊スポットを巡っていた
でも一度も霊を見たことは無かったそうだ
そして怖いもの知らずの先輩たちは、ある日とうとう、地元にある全国的に有名な心霊スポットに足を踏み入れた

車のライトに照らされた山道は舗装されておらず、轍跡を雨水が削り、剥き出しの岩がごろごろ転がっていた
封鎖されたゲートをくぐり、道なき道を進んで辿り着いた先は、トンネルの前だった
トンネルは通れないよう、入り口にバリケードが築かれ、中を窺い知ることはできない
車を下りた時、辺りは一面の深い霧に包まれ
湿気を含んだ山の空気は、真夏であるにも関わらず身震いするほど冷たかった

深夜2時。先輩と友人は、懐中電灯を手に、辺りを散策し始めた
深い夜霧のせいか、星のまたたき一つ、月明かりさえ見えない。そしてこの霧。
先輩たちは、「今度こそ何かあるんじゃないだろうか」と期待しながら、付近をぐるりと一周した
だが期待に反して、何もなかったし、何も起こらなかった。獣の鳴き声に驚くことさえ無い
二人はガッカリしながら、悪態を吐きつつ車に戻った
運転は先輩。助手席には友人
先輩が車を発進させようとしたその時だった

車の前に、誰かが居る

 

一瞬にして、先輩の全身から冷たい汗が吹き出した
ライトに照らされ、車の前に立っていたのは、女だった
丈の長い白いワンピースから覗く足は、山中であるにも関わらず、裸足だった
俯いているのに加え、長い黒髪のせいで表情は見えない
先輩は口の中がカラカラに干上がって、身動き一つ取れない
一秒が一時間にも感じられるような長い時間。女がゆっくりと顔を上げる……
「うわあああああああ!!!!!」
突然、先輩の隣で友人が悲鳴を上げる。その声で、呪縛が解かれたように先輩が我に返った
友人は助手席で、半狂乱になって手足をばたつかせながら女を指し、先輩に向けて叫んだ
「轢(ひ)け!轢(ひ)き殺せ!!」
言われるがまま、先輩はアクセルを踏み込んだ
車が急発進し、ドンッと強い衝撃があってから、車が停まる
荒い息を繰り返し、ハンドルに寄りかかって、先輩は呼吸が落ち着くのを待った
「ハハハ……幽霊殺(や)ってやったぜ……やった……」
しばらくそうしていた先輩は、ふと気になって顔を上げた
気付くと女はいなくなっていた
だが、女が幽霊だったのなら、さっきの衝撃は何なんだろう
そしてふと気付くと、助手席の友人がいない
扉が開く音はしなかったはずだ。だとしたら、友人は何処へ……?
「……」
先輩は、何かに誘われるように車を下りた
恐怖は既になく、妙に頭が冴えていた
その時には霧は晴れていた、そして車の前方、ライトに照らされた先で、友人が冷たくなっていた

事件は警察沙汰になり、先輩は殺人の罪に問われ、刑務所に入ることになった
先輩は今でも、刑務所の中で叫び続けている

「俺じゃない!霊がアイツを殺したんだ!」

【了】