【第 38 話】 コソコソ ◆.PiLQRq.0A 様

『自殺者の末路』
 

自殺した者の魂は浮かばれない、という話を良く聞く。
賽の河原で延々と石を積むとか、成仏できないまま現世をさまよい続けるだとか、色々な話がある。
毎夏、怪談が好きな人間を集めて怪談会を開いているが、今年は何の流れだかそういう話になった。
「自殺はやっぱ駄目だね」と場が収まりかけたとき、その中の一人が神妙な面持ちで話し始めた。
「自殺者の末路ってさ、ちょっと違うと思うんだけど……」と前置きをして。

この話をしてくれたSという男の知り合いに梶という男がいた。
梶は弱いくせにギャンブルが好きで好きで仕方なく、いつもどこかに借金をしていた。
そのくせ、プライドは一人前以上に持ち合わせており、『いつか俺はビッグになる』と信じているような奴だった。
当時、梶は都内の割と広いマンションに住んでいたと言う。
しかし、そんな男だから、家賃や光熱費などは滞納し放題。ついには管理会社から立ち退きを命じられてしまったらしい。
梶は新しい部屋を探すとき、彼が不動産会社に出した提案は『とにかく安く、とにかく洒落ていて、都内のマンション』だったそうだ。
不動産会社は最初の内はくつか安い物件を紹介していたが、梶の無茶な要求に対して、
「決してお勧めではないんですが、もうこれくらいしか……」と、一つの物件を紹介した。

都内の一等地、広さは前に梶が住んでいたマンションよりも広く、家賃はなんと10,000円だと言う。
ただし、確実に「出る」と紹介された。

梶は即座にこの物件に決めた。
再三バツが悪そうに止める不動産会社を振り切って、部屋の中を見ることもなく、その場で契約を結ぼうとしたそうだ。
しかし、不動産会社は契約するためにある条件を出した。
『その部屋に梶が一週間泊まり、その間毎日、不動産会社へ連絡を入れること』
梶は二つ返事で頷いた。

 

一日目、梶は一週間の宿泊に必要な物を持ってそのマンションを訪れた。
玄関を入るとダイニングキッチンがあり、曇りガラスがはめ込まれた仕切戸の向こうには広々としたリビング広がっていた。
梶は荷物を置くやいなや早速パチンコへ出かけ、帰ってきたのは深夜0時に近い時間だった。
缶ビールを何本か空け、不動産会社が用意してくれた布団に身体を預けた。

どれくらい眠ってしまったのかは分からない。『ドスンッ!』と言う大きな音で目が覚めた。
音の出所に視線を向け、梶は思わず息を呑んだ。
リビングとダイニングキッチンを隔てる曇りガラスの仕切戸に影が映っていた。
最初は何か分からなかった梶も、しばらく見ているとようやくその正体が分かった。

――首吊りだ。
それは地面から数十センチほど浮きあがり、頭を垂れている人間の影だった。
首を支点にして左右にゆらゆらと揺れ動き、その度に『ズリ…ズリ…ズズッ……』という縄がこすれる音が辺りに響く。
梶はまんじりともせず、その影を睨み付けていた。
徐々に影の振れ幅は小さくなり、こすれる音が止むと同時に影は消えた。

二日目、梶は昨夜に体験したことを不動産会社で夢中になって話した。
不動産会社からは『やめておきませんか?』と何度も薦められ、他の物件も紹介されたが、
『特に何をされるわけでもないから』と梶は首を横に振り、その部屋に泊まり続けることを決めた。

その夜も次の夜も、梶の眠りは首吊りの音で妨げられた。
しかし、四日目ともなるとさすがに少しは慣れ、梶はその音が決まって深夜2時に鳴ることに気がついた。
――じゃあ、その時間、部屋にいなければいいじゃないか。
五日目、そう思い立ち、0時近くに部屋を出て安い居酒屋で酒を煽っていた。
頃合を見て部屋へ戻り、何事もなく朝まで過ごすことが出来た。
――こりゃあいい
梶はそれから毎日、飲み歩くようになった。

約束の一週間が過ぎ、梶はなおも渋る不動産会社から部屋を契約した。
 

「でね、ここからは俺の想像なんだけど……」
そう前置きをして、酒を舐め、Sは話を続けた。

「梶はもともと金が無い奴だし、さすがに毎日飲み歩くわけにも行かなくなったんじゃないかな。
 しばらくは知り合いの家に泊まったりしたのかもしれない。
 でも、それも出来なくなって、仕方なくあの部屋に戻ったんだと思う。
 それで、多分また見たんだよ、首吊りの影」
 
「俺さ、自殺者の末路ってさ、賽の河原で石積みでも浮遊霊になって彷徨うんでも無いと思う。
 きっと繰り返すんだよ、自殺を。死んだ瞬間からずっと。
 だから『死ねば楽になる』なんて絶対嘘だと思う。死ぬ思いってのが延々と続くんだし。
 死に続けて、死に続けて、もう何がなんだか分からないようになって……
 代わりを見つけて、引きずり込むんだろうなぁ」

Sはそう言って話を終えた。
梶の訃報が届いたのは、Sが都内の不動産会社を辞め、地方で再就職をしてから四日後のことだったそうだ。

【了】