【第 10 話】 サンズリバー ◆X0uk49LcEU 様
『憑依、そして命拾い』

 

1995年1月16日、兵庫県の某ドーナツショップで勤めていた私は、21時から翌朝7時迄の夜勤だった。
出勤時、大きく赤い不気味な満月を見たが、そんなに気にしなかった。

仕事を始め、23時に閉店。しかし、その日に限って洗い物等の作業がとても面倒くさく感じ、
食器類を所定の棚に並べずに、洗ったまま洗浄機のカゴごとラックの奥に仕舞い込んだ。

日報を作成後、清掃業務があったが、やる気なく手を抜いて終わらせ、長めに休憩をとった。
日付が変わり1月17日午前4時30分に仕込みを開始、気が進まないながらもドーナツを作り始めた。
約40リットル・温度190℃の油で満たされたフライヤーに、機械でカットしながら生地を落としていく…。
フレンチクルーラーをフライしていた。

すると突然、飛行機が離陸する時の様な感覚が身体を襲った。
そして一瞬にして、自分の思考回路が完全に停止し、誰かに操られる感覚に陥った。
亡き母が乗り移った様な気がした。操られるまま機器の電源を切り、キッチンから外へ走り出た。

 

六甲山辺りか、それとも瀬戸内海辺りか分からないが、空が稲妻の様に明るく光った。
ほぼ同時に激しい揺れに見舞われ、街頭も駅の電気も全て消えた。電柱は45度に傾いていた。

映画を観ているのだろうと思っていた。幸いにして、店内は非常灯が点いていた。
キッチンへ行くと、高温の油がほとんど床に巻き散らかっていた。フレンチクルーラーと共に…。

そこで、ようやく我に返り、事の重大さに気付いた。
あの時、肉体や意識を亡き母に乗っ取られていなければ、私は全身が高温の油で焼けただれて、
今こうして、ここに書き込む事はなかったと確信している。

お分かり頂けたであろう…。それは「阪神淡路大震災」、震度7。
発生直前からその直後の体験である。
霊的には助けられたが、リアルでは恐ろしく地獄絵図の出来事であった。

【了】