【第 9 話】 妖場K ◆j0mz2iQVTQAR 様
『青い影』
私は数年前、連日の激務に耐えきれず体を壊し、職を失った。
暫くは休息期間だとぐうたら過ごし、例にもれず昼夜逆転生活になってしまった。
夜通し起きてゲームやネットをし、日が昇ってから眠りに着く日々。
ただ、部屋に籠りきりは流石に体に毒だと散歩だけは毎日することにした。
朝方4時過ぎ。
その日も日課の散歩に出かけた。
辺りは薄明るく、耳が痛くなるほど静かである。
ふらふらと歩いていた私の目に、ふと色鮮やかなものが飛び込んできた。
道路の上に、真っ青な部分があるのだ。
地面にのっぺりと張り付いたそれは人の形をしていて、まるで青い影だけがそこに取り残されているかの様だ。
誰かがペンキで落書きでもしたのだろうか。
私はその影の横を通り過ぎようとした。
と。
おぞましいことに気が付いてしまった。
動いているのである。
青い影がぶるぶると、小刻みに震えているのである。
私は、見なかったことにしようと小走りで影の横を通り抜けた。
しかしつい、後ろを振り向いてしまい、ぞっとした。
着いて来た。
影が、私の方へするすると向かって来ていたのだ。
捕まる!!
私は言い知れぬ恐怖に一瞬にして囚われた。
そしてその場から全速力で逃げだした。
だが、何度振り返っても影は私の後方数メートルの位置を維持し、ぴったりと着いて来る。
走る。走る。
体力の限界が近づいてくる。
当てもなく角を曲がると、大通りに出た。明るく光る、コンビニが見える。
私はすがるような気持ちで、コンビニの中に滑り込んだ。
背後で、自動ドアが閉まる気配がした。
肩で息をしながら、私はゆっくりと振り返った。
直後。
べちゃり。
閉まった自動ドアに、追いかけて来た青い影がぶつかった。
影はドアに張り付いたまま、その場でうねうねと身を捩る。どうやら入っては来れないようだ。
暫くして諦めたのか、影はずるりと地面に落ち、そのまま何処かへと消えていった。
へたり込んだ私を見て、店員が奇妙な顔を向けていた。彼にはあの影が見えなかったのであろうか。
私は完全に日が昇るまでそのままコンビニで時間を潰し、人が何度も出入りしているのを確認してから漸く外に出ることができた。
影は何の痕跡も残してはいなかった。
それから、私は散歩を止めた。
少しして新しい職を見つけて規則正しい生活に戻り、早朝に出歩くことはなくなった。
あの影は2度と見ていないし、あれが何だったのかもわからない。
しかし、あれに捕まっていたら一体どうなっていたのだろうと、今でも恐ろしく思うのだ。
【了】