【第 97 話】 異邦人 ◆VrA878BIoc 様

『英国戦勝記念日』

 

普段は、すっかり記憶の彼方に消し去っているのですが、
毎年、8月15日がやってくると思い出してしまう僕の悪夢のような体験があります。

それは、いまから5年前、2009年の夏のことでした。
この年、まだサラリーマンだった僕は、夏にまとめて長期の休暇を取り、ヨーロッパに、
旅行に出かけました。
欧州を列車で気ままに旅をするため、出発前に日本で2週間有効のユーレイルパスを
購入して、まずは、JALの飛行機に乗りパリに旅出ちました。
そして、スイスのジュネーブ・インターラーケン・ユングフラウ、イタリアのミラノ・ベネチア・ローマ・カプリ島、
オーストリアのザルツブルク・ウィーン、ドイツのミュンヘン・ローテンベルク・ケルン、オランダ、ベルギーを経由して、
イギリスのロンドンに特急列車で向かっていました。
 しかし、ロンドンでの宿はまだ決まっていませんでした。
 さっそくロンドンの玄関ヴィクトリア駅に到着すると、駅構内の案内所に飛び込みましたが、
言われるままにパスポートを窓口の人に提示し、宿の紹介を頼んでも、ホテルはどこも満員で日本で民宿にあたるB&Bも
空きは無いとの答えでした。
 もう、日は落ちて夜8時近くになっていました。仕方なく、案内所を出て、旅行会社の
代理店を探してみましたが、どこも、すでに閉まっていて人影もみえません。
 意を決して、ヴィクトリア駅に隣接したペンション街の中の小綺麗なプチホテル
「ナイト・バタフライ」に飛び込んで今夜の宿泊を申し込んでみましたが、やはり、フロント嬢の答えは、即座に満室。
 途方に暮れて、出口に向かおうとしたその時、フロントの奥から、つややかな女性の声で「ちょっと待ちなさい」。
 振り返ってみると、落ち着いた上品な姿の女性が立って、僕を手招きしていました。

 

「明日は8月15日なのよ  知っているでしょ ロンドンでは記念行事があるの  
対日戦勝記念日。 だから、ロンドン中のホテルもうちみたいなペンションも日本人はとめることが出来ないの。
  イギリス人のお客さんは今夜から大騒ぎをして祝うから、トラブルになるでしょ だから、敬遠するのよ
  ここでも、もうすぐレストランで祝杯があがるから、ここにはお泊めできないけれど………………………………..
お困りでしょ
少し待っていてね。」そう言ってその女性は、奥に戻るとスタッフにいくつか申し付けて、
再び、フロントのあるロビーに現れた。



 私服になったその女性は、先ほどよりもずっと若くみえ、キーラ・ナイト・レイのように輝いてみえた。
 女性は僕の先に立って、高級店が並ぶナイツブリッジを通り、ハイドパークの南まで来たとき、
こだちに囲まれた瀟洒な邸宅の門の前で立ち止まり、堅牢に設えたレンガつくりの門の鉄扉を自分で押し開け、
そして、僕を中庭に招きいれてくれたのでした。
 そこには、広々とした大きなバラ園が綺麗に整備されていて、丹精にガーデニングを
楽しむ家主の上品な趣味が伺われるほどの立派な庭園でした。
 その時、外灯の灯りに照らし出された美しいバラの苑が発する芳醇な香りに、気を奪われていなかったら、
かすかに土の中から聞こえるささやきを聞き逃すことは無かったでしょうに。
 さて、その後、この豪奢な邸宅に招き入れられた僕は、今夜の宿としてこの屋敷の2階のひと部屋を与えられたのでした。
ここは客間らしく部屋の広さもゆったりとしていて、豪華な刺繍を施したビクトリア調の家具にもエレガントなセンスが
感じられました。ただ、彼女から靴を履き替えるように言われ、室内用のスリッパのような靴が部屋のドアの前に置かれて
いました。 

 

そして、急遽、用意してもらった簡単な夕食を食堂で済ませると、この家のご主人が
姿を現しました。
 初老の穏やかな風貌の紳士でしたが、車椅子に座った下半身は大きな膝掛けで覆われていました。
 「ようこそお出でくださいました。なんのおもてなしも出来ませんが、ゆっくりしていってください。
 どうです しばらくの間 お泊り戴いては、なあエリザベス」
そう言って、私を招いてくれた女性を振り返った。
 「そうね わたしもそう考えていたところなの いいアイデアだわジョージ」
僕が返事に詰まっている時、二人は顔を合わせて微笑んでいました。
それが、なんのサインだったのか その時は全く知る由もありませんでした。
 ご夫婦が食堂から去ると、つづいて僕も部屋にもどり、シャワーを使った。
この旅は夜行列車を何度も利用したこともあって、毎日、ホテルでバスやシャワーを使うことが出来なかったので、
熱い湯がとても嬉しかった。そのうえ大きなバスタブまであって、ゆっくり風呂を楽しむことが出来て極楽気分に浸っていた。
 その時だった。
 ドアノブがゆっくりと回って、ドアが静かに開く音がした。
 僕は一瞬驚いたが、「お湯は熱すぎない」というエリザベスの声が聞こえると安心して、ふたたびリラックスを取り戻した。
 「ちょうど良いかげんですよ」ちょっとおどけた口調で返すと。
すぐさま、「じゃ わたしも一緒にお風呂しちゃおうかな~」の声が終わらないうちに
エリザベスはバスの部屋のドアを開け、そこでタオルを脱ぎ捨てて、全裸の姿になって、
広いバスタブの湯に体を沈めてきた。
 広いといっても、彼女の体の半分は無防備な僕の裸体の上に乗っている。
 豊満なうれた女性の肉体がぼくの局部を圧迫し、押しつぶした。反応は抑えようが無かった。
彼女はこんどはうつぶせになって、たわわな胸をぼくの顔から下半身に擦り付けて
僕を挑発してくる。
 そこからは僕の理性はどこかへ飛んでしまった。
 その後の二人は動物の発情そのものだった。

 

快楽の海の中で寝入ってしまった僕は、数時間後、目が覚めると、またさっきのが妄想であるような感覚に襲われました。
 もちろん、エリザベスの姿は部屋にすでに無く、窓から見えるあたりの景色は真っ暗です。真夜中の1時でした。ぼくは、このとき、強いのどの渇きを覚え、そっと階段を下りてキッチンへ言って水を飲もうとしていました。
 すると、居間の方から2人の声が聞こえてくるのでした。
 「もうじゅうぶん楽しんだかい エリザベス」
 「ありがとう あなた でも もうじゅうぶんよ ジョージ」
 「じゃ 今夜あたり、始末するかい?」
 「もう 昼間、あのかたが出かけた時に、穴は用意しておいたわ」
 「靴は残すなよ」
 「大丈夫 いつものように階段の下の納戸にしまったわ」 

ぼくは、恐ろしさに床を這いながら階段のところまで戻ると、納戸の戸をそっとすこしだけ開けてみました。
 すると、そこには男物の靴が山のように積み上げられていました。
 ぼくは、自分のトレッキングシューズをそのなかから見つけると。荷物をもって2回の窓から庭園の芝生の上に飛びおりて、バラ園のなかを出口の門にむかって一目散に走って逃げようとしました。
 すると、バラ園の中から、「おれも、連れて行ってくれ~」「薔薇の肥やしになってゆく~」「たすけてくれー」
といった叫びがあちこちから聞こえて来て、足がすくみましたが、
体じゅうに薔薇のとげを刺したまま逃げ帰りました。    
 


【了】