【第 96 話】 りほ ◆aZ4fR7hJwM 様
『倍以上返し』
春も過ぎ、初夏も間近という5月始めの頃だった。
雪は消えてもまだまだ寒い日が続くある日、急な用事で知人宅へ向かう事になったのだが、
移動は車だし良いだろうとジャージの上にパーカー、足元はサンダルという軽装で出かける事になった。
用事も終わり、森に囲まれた帰り道を進む途中、ふとあるものが視界に入って来た。
枯葉の中で一際目立つ黄緑の群、車を止めて確認すると思った通りフキノトウの群生であった。
本来シーズンは過ぎてるはずだが、日陰で解け残った雪のせいで今頃生えてきたんだろう。
まぁ、ともあれ今晩のメニューの一つだなと取りにいくべく森に入って行ったのだが、
「痛っ??」
と、突然足下に鋭い痛みが走った。
どうやら栗のイガを踏み抜いてしまったようである。
慌てて周りを見ると辺りには数本の太い栗の木が生えていた。
栗のイガってのは中々タフなもので、秋に落ちたものが鋭く硬いまま雪解けと同時に出てくる。
この感じではそこらじゅうに散らばってるだろうなーと、ペラペラのサンダルで来た事を後悔したが、
どうせ戻っても踏みそうだからとそのまま進む事にした。
注意しながら歩いても枯葉の下に潜むイガを見つけるのは至難の技である。というか全くわからない。
枯枝で道筋を作ったりと工夫はしたてみたものの、森の中には悲痛な声が響き渡っていた。
何回目だろうか?また栗のイガが薄いサンダルを貫通し、思わず声をあげた時である。
「いだぁ!」 ?「イ゛ィッ!」
「んんっ?!」
ハモった。確かに自分のあげた声に対して甲高い声が重なったのである。
思わずネズミでも踏んづけたか?と思い調べるが、足下にあるのは落ち葉と小枝、そして一際丸々とした栗のイガだけである。
だが、確かに声は聞こえた。
「踏んだ…せいか?」
一瞬悲鳴をあげるイガの絵が脳裏をよぎり、んなアホなと自笑するも、聞こえた以上は…やはり気になる。
バカバカしいと思いつつも枝で小突いたり転がして調べてみる。
どうみてもなんの変哲もないイガだ。
ちょっと考えた後、
もし仮にこいつが音を出したのだとしたら踏みつけられたからだよなと思うも流石に試せば自分も痛い…よし!
近くにある太く長い枝を手にとり、ふんっと思いっきりイガに振り下ろす。
イガはちょっと地面にめり込むと…
次の瞬間、まるで壁にゴムボールを叩きつけた時の様な凄い勢いで顔にぶつかってきた。
雄叫びの如き悲鳴をあげ、痛みに悶えながらもその元凶の方へ目をやると、イガが消えてる。
いや、よく見れば5m位離れた場所に転がっていた。
いつのまにあんな場所まで!
いや、その前になぜめり込んでたやつがおかしな角度で顔に飛んで来るんだ??と疑問だらけではあったが、
痛みと顔に刺さったイガの破片でそれどころではない。
結局フキノトウすらとらずに手当の為、急いで車まで逃げ戻った。
同じ道を引き返したにも関わらず、行きより遥かに多いイガを踏むというオマケ付きで。
単に偶然が重なった結果だったのかもしれないが、
自然相手に下手にちょっかいは出すべきものではないなと痛感させられるには十分な出来事であった。
【了】