【第 95 話】 ら年 ◆9w6FQlB7l1rE 様

『先輩が一人きりのキャンプ場で食い意地を発揮し、後でぞっとした話。』

 

先輩が一人きりのキャンプ場で食い意地を発揮し、後でぞっとした話。

先輩は本格的アウトドア派ではなかったが、たまにキャンプに行く事があった。
一人きりでテントを張り、火を焚いてぼーっと眺めるのがいいんだそうな。

ある時先輩は、シーズンオフを狙って某キャンプ場へ行ったが、団体の先客がいた。
彼らはバーベキュー&カラオケ大会で騒がしく、先輩は大変迷惑したと言う。
けれども彼らが焼いている肉だけはうらやましかった。
どうしても焼肉が食いたくなった。

それで翌日、先輩は奮発して肉を調達しに行った。
ところが戻って来ると、テントに木の枝が刺さり、大きく裂けてしまっていた。
肉を買った上に痛い出費だが、しょうがないのでバンガローを借りた。
それから気を取り直して、夕飯の焼肉の仕度を始めた。
前の晩騒いでいた団体はもうおらず、今火を起こしているのは先輩一人きりだ。
これぞ真の一人焼肉、と先輩は肉を焼いては食い、食っては焼いた。
満腹すると後始末をして、残った焼肉とおにぎりを包んでバンガローに戻った。
 

辺りが真っ暗になった頃、先輩は狭いバンガローでごろごろしていた。
その晩風は穏やかで、チリチリと鳴く虫の声が……止まった。
と、表から扉が叩かれた。
コン、コン。
ハッとして耳をすます。
コン、コン。
空耳ではなかった。しかしこんな時間に管理人や誰かが来るわけがない。
そのままじっとしていると、しばらくして、また虫が鳴き出した。
割と図太い先輩だが、この時はなぜか嫌な感じがしたと言う。
ついでに言うと、このバンガローには内鍵が付いていなかった。

再び虫の声がやんだ。今度は扉の向かい側にある窓から、
コン、コン。
窓はガラスではなく、戸板を窓枠にぶら下げたような代物だ。
今は閉めてあるので、表は見えない。
コン、コン。
先輩は窓の戸板を見ながらそーっと立ち上がった。そしてちょっと考えた。
…表に、何かいるとして、そいつは、割とデカいやつだ…
しばらくしてまた扉から、コン、コン。
無視して寝ようにも、戸締まりがないのは精神衛生上よろしくない。
外開きの扉とは不安なものだ、と実感したと言う。

先輩は、扉の取っ手にテント用ロープを結びつけると、それを引っ張って
窓の金具に引っかけ、扉と窓がロープで引っ張り合うように工夫した。
どうせ気休めだけど、やらないよりはマシだろう、
と思ったその時、ギッ と扉が音を立て、ロープがピンと張った。
そしてふっとゆるんだ。
…先輩はなるべく音を立てないようにロープを二重三重に補強すると、
荷物をまとめて靴を履き、懐中電灯と十徳ナイフを持って、
壁に寄りかかって座って寝ることにした。
いつの間にか、また虫が鳴き出していた。
 

それからノックの音はやみ、ロープがいきなりピンと張る事もなかったが、
先輩はほとんど眠れずに朝を迎えた。
とりあえず焼肉とおにぎりを腹に詰め込んで、表の様子をうかがうと、
急いで管理事務所へと向かった。受付はまだ閉まっていて誰もいない。
が、そこで荷物を降ろすと気がゆるんだのか、座って眠りこけてしまい、
気が付くと、出勤して来た管理人のおっさんに揺り起こされていた。

先輩の話を聞いたおっさんは、「出たか」とつぶやいた。
「出たか…ここ二十年は出なかったんだがなァ…」


…そいつは熊でしょう?危なかったですよ!と私が言うと、先輩は、
「ホントは食糧とか捨てて退避した方がいいんだってね?
 熊と焼肉取り合ったらなぁ、絶対に負けるよなぁ…」
それからふと、「熊というのは律儀にノックするものなのか」と言った。

その後、先輩が一人でキャンプに出かけたという話を聞いた事がない。
野生の脅威みたいなものを感じて怖くなったのか?と思いきや、
「よくよく考えてみると、変質者とか殺人鬼が出て来たら絶対負けそうで怖い」
という理由だそうな。

【了】