【第 79 話】 木造 ◆R8AXMlbca. 様

『アパート』

 

それは今から数十年前のこと。
自分(M)は大学生で親元を離れて独り暮らしをするために、古ぼけたアパートに引越しをすることになりました。
バイパス道路沿いにある築20年の2階建ての木造アパートでしたが賃貸募集の部屋は2階にあり、
車の音は少々聞こえるものの当時は貧乏学生だったので家賃が安かったことが何よりも魅力だったのです。

ただ一つ、その部屋には問題がありました。
前の居住者が家賃を滞納したまま、夜逃げ同然で姿をくらましてしまったらしく、連絡が全く取れないそう・・・
部屋の中には荷物が置きっぱなしで、その荷物を処分しなければならないとのことでした。
ただ大家さんの話によると、自分が賃貸契約を結んでくれるのなら、警察に相談して荷物は撤去すると話してくれました。
その旨もキチンと契約書に一筆添えるということで、自分は納得したのです。

数日後、不動産屋さんと大家さんを挟んで契約を済ませると、大家さんはこう言いました。
「一週間後が引越しの期日ですので、それまでに部屋の荷物は片付けておきますから」
自分は返事をして、その日から引越しの準備に取り掛かり、一週間が慌しく過ぎていきました。

引越しの当日、大家さんから連絡が入りました。

「大変申し訳ないのですが昨晩、行方不明だった前の借主が連絡をしてきたんですよ。
それで部屋の荷物を早急に撤去してくれとお願いしたら、一週間待ってくれと言ってきかないんです」

大家さんの話によると、前の借主は女性らしいのだが、結構な衣装持ちで荷物もかなり多いとのこと。
全てを処分することは可能だったが、できることなら自己処理をして欲しかったのだろう・・・
ついつい女性の言い分を聞いてしまったというのだ。

「これでは契約違反じゃないか?」

自分はそう言い掛けたが、大家さんはこう付け足してくれました。

 

「もちろん、Mさんも今日が引越し日ですので、このままじゃ困ると思います。
ですので、契約をされた下の部屋が空いていますので、良かったらそちらで一週間ほど待ってくれませんか」

自分が契約した部屋は2階の部屋、その真下の1階は同じ間取りではあったが
アパートの前に幹線道路があったため、窓を開けると2階よりも車の走る音が少々うるさいのだ。
しかし大家さんはこう続ける・・・

「代わりといっちゃ申し訳ないのですが、今月のお家賃は半額にしますから・・・」

貧乏学生にとって、この「半額」という言葉は殺し文句だった。
僕は大家さんの提案を呑み、一時的に契約した部屋の真下に自分の引越しの荷物を運んだのです。

4、5日過ぎた深夜、部屋の上から聞こえる物音で目が覚めました。
ベッドに横たわったまま天井を見つめると

「ゴトゴト・・・ズズズズ・・・」と音が響いてきます。

時計は深夜の3時過ぎ・・・

「こんな時間になんて迷惑な・・・」

自分はそう思った瞬間、ふと大家さんの言葉を思い出しました。

「2階の人は大荷物で・・・」

そうか、きっと昼間に出入りしづらいのかもしれない・・・
だからこんな夜中に夜逃げのような引越しをしているのかも?

そう考えてる間にも例の音は聞こえてきます。

 

「ゴトゴト・・・ズズズズ・・・」
昼間のバイトで疲れていた自分は、上から聞こえる物音に少々イライラしながらも
契約した2階の部屋が無事に空く事を期待して、そのまま眠りについたのでした。

ところが、その翌日の晩のこと。
再び深夜の3時頃に2階から物音が聞こえてくるのです。

「ゴトゴト・・・ズズズズ・・・」

昨晩と同じような何かを引きずるような音でした。
さすがに2日連続となるとイライラも募ります。
自分は天井に向かって、軽く長い棒のようなモノで「ドンドン」と突いたのです。

それは「深夜なのだから、静かにしてくれ」と軽く注意を促す程度のものでした。

するとそれまで響いていた2階からの音がピタッと止まったのです。
それっきり音は聞こえなくなりました。
自分はホッとして、そのままベッドで再び眠りについたのです。

翌日、そろそろ約束の一週間が近づいてきた日のことです。
昼間、外が異常に騒がしいのでふと玄関の扉を開くと、そこには警察官が数名が大家さんと話をしていました。
周囲にはロープが張ってあり、パトカーも止まっています。
「何事か?」と思い、同じアパートの住民に訪ねてみると、こんな話を聞かされたのです。

自分が契約していた上の階の部屋の女性が自殺をしていたというのです。
話を聞いて、自分は飛び上がるほど驚きました。
だって昨晩、荷物を整理していたはずなのに・・・
まさか、自分が天井を「静かにしてくれ」と突いたから??
そんなことを考えていたのですが、真相はもっと驚くべき内容だったのです。

 

数時間後、大家さんから聞いた話はこういったものでした。
上の女性は首吊り自殺をしていたということ。
そして遺体から推測された死亡推定日時は約5日ほど前・・・
大家さんが「2階の借主と連絡がついた」と話した翌日、
つまり、それは自分が引っ越したその日の夜のことだったのです。

それじゃあ自分は5日間、女性がぶら下がっている真下で生活していたということに・・・
でもでも、そうなると、あの音はいったい何の音だったのでしょう?

「ゴトゴト・・・ズズズズ・・・」

本当に女性が亡くなった期日が5日前だとしたら、あれは女性の霊が何かを探す物音?
それとも誰かが自殺に見せかけて、女性を上の部屋で紐で吊っていた物音?
いずれにせよ、気味の悪い話です。
大家さんは自分にこう言いました。

「こんなことがあった後で大変申し上げにくいのですが・・・
一応、2階の部屋はキチンと掃除をして綺麗にしておきますので
Mさんさえ良かったら、上の部屋、、、いかがでしょうか?」

自分が暫し無言でいると、大家さんはこう付け加えてきました。


「2階の方が静かですよ・・・」


その部屋は丁重に断りました。
もちろん数日後、自分はそのアパートから、逃げるように引越しをしたのでした。

【了】