【第 72 話】 チャゴ ◆ePOonrVZq6 様

『隙間の眼』

 

これは高校時代に部活の顧問の先生から聞いたお話です。

先生のお母さんの実家は四国にある小さな漁村でした。
母屋の他に、小さな道を挟んで二階建ての古い建物があり、
昔はその建物で民宿を営んでいたそうです。
親戚が帰ってきたときなどは、その元民宿に泊まるというのが決まりになっていました。

さて、そんな先生が中学生だった夏休みのこと。
先生のお母さんが風邪をこじらせて入院してしまい、
夏休みはお母さんの実家に預けられることになりました。

先生のおばあちゃんはそんな先生をとても優しく迎えてくれたそうで、
先生もきれいな海とのんびりした雰囲気の田舎暮らしを楽しみにしてました。

先生が実家に到着した夜のことです。
先生は母屋ではなく例の元民宿に寝泊まりすることになったのですが、
押し入れから布団を引っ張り出して、畳八帖もある広い部屋の真ん中に敷いてみると、
途端に大きな建物にひとりぼっちだということに気がついて怖くなりました。

「テレビと部屋の電気を点けたまま寝よう」

先生は布団のそばにテレビを持ってくると、そのまま布団に入って寝ることにしました。
長旅で疲れていたのでしょう。眠気はすぐにやってきました。

 

どれくらい経ったでしょうか。
ふと、先生が目を覚ますと、点けていたはずのテレビと部屋の電気が消えていました。

「きっとおばあちゃんが消してくれたんだろう」

そう思った先生が寝返りを打ったときです。

布団が入っていた押し入れが少しだけ開いているのです。

「おかしいな。確かに閉めたはずなのに」

ぼんやりする頭の中でそう考えながら先生はその隙間を見ていたそうです。

すると、ぽっと赤い火のような灯りが隙間の中に見えました。
「あれは何だろう?」
先生が眼をこすりながらよく見てみると、

それは人の片眼だったそうです。

その眼はじっと先生を見据えていました。
怖くなった先生は慌てて眼を離そうとしますが身体がいうことをききません。

やがて、その眼はゆっくりゆっくり、まるで怒っている人のように
吊り上がってきたそうです。
「ああ、怖い!」
そう思った先生がやっと布団を被ることができると、
次に気がついた時にはもう朝になっていました。

 

母屋にいたおばあちゃんに先生がその話をしたところ、
おばあちゃんは次のような話をしてくれたそうです。

「ずっとむかし、この漁村にものすごく大きな台風が来たことがあってね。
可哀想に小さな女の子が波にさらわれて、助けようとした母親と一緒に亡くなったんだよ。
その親子はあの民宿に泊まっていたんだけれど、それ以来、妙な話を聞くようになってね。
もう民宿はやってないから最近は聞かなかったけど、お前も見たんだね」

お前も、という言い方が気になった先生は、
「おばあちゃんも見たの?」と訊ねました。

「ああ、見たよ。お前のお母さんもね。実はあの眼をみた女はね、女しか生めなくなるんだよ」

その瞬間、先生は鳥肌が立ったそうです。
おばあちゃんは全部で6人の子を産みましたが、すべて女ばかりだったのです。

この話をしていた先生とは、私が高校を卒業してからしばらく会っていません。
噂ではもう結婚して子どももいるそうですが、
私は怖くて、その子が女の子なのか聞けずにいます。

【了】