【第 63 話】 ら年 ◆9w6FQlB7l1rE 様

『先輩が一人旅でしばらく滞在した某地方で、夜中に鬼ごっこなどした話。』

 

先輩が一人旅でしばらく滞在した某地方で、夜中に鬼ごっこなどした話。

先輩は宿代を浮かそうとして、山村の掘建て小屋のようなもんを安く借りた。
小屋にガスと風呂はなかったが、電気も水道もあり、トイレは水洗だし、
寝具一式には新しいカバーをかけてあったので、先輩は全く不満はなかった。
到着は夜で、小屋から少し離れた所につくねんと電灯が灯っていた。
ぽつぽつと民家があるようだったが、他に灯りは見えず、ほぼ真っ暗で寂しいところだ。
先輩は早々に布団に潜りこんだ。季節は春、しかし山の夜はやはり寒かった。

最初の晩はそうして過ぎた。
 

翌朝、先輩は小屋を出ると、起伏の多い道を歩いて少し山を下り、バス停へ向かった。
人影はない。しかし明るくなってみると、辺りは昨夜とは見違えるような印象だった。
民家はまばらだが、どの家にも美しい生け垣があり、所々鮮やかな花の色がこぼれていた。
それらを新緑が大きく包むような、いかにものどかな山村の風景だ。
やがて路線バスが来て、先輩はそれに乗って観光に出かけた。

そして晩に小屋に戻り、隅に布団を敷いて寝ようとすると…

「おおおおおぉぉお」

奇妙な音が鳴り響いた。
電気も消して寝る寸前だった先輩は、布団の中で飛び上がった。
サイレンや警報などではない。しかし何かが、小屋の外で音を立てている。
「おおおおぉおおぉお」「ぉおおおぉおおぉぉぉ」
少なくとも人間の声とは思えなかったと言う。人間だったら逆に怖い。

…が、割と図太い先輩は、疲れて眠い!という理由で、そのまま寝ることにした。
しばらくの間その音は続いたが、先輩は布団をかぶって無視して眠った。

二日目の晩はそうして過ぎた。

 

翌日、先輩は温泉巡りに出かけ、晩に戻って来て寝ようとすると、また、
「ぉおおおぉおおお」
…野犬か、何か獣の吠え声か?脅かしてやるから逃げてくれ。
先輩はそう願って、声のする方の窓を勢いよくガラッと開けた。

何もいなかった。
しかし、
「ぉおぉおぉおぉおおぉおおおぉおお」
声は近くから聞こえ、一層大きく響いた。
小屋にあった懐中電灯で窓の外を照らしてみたが、木々と茂みの他は何も見えない。
イタズラか?ムカッと来た先輩は後先考えずに、懐中電灯片手に表に飛び出した。
「おおぉおお」「おおぉおおお」「おぉぉおお」「ぉぉおおおおぉおお」
姿は見えないが、声はさらにけたたましくなった。
数歩近付くと、何かがすっと下がる気配がした、「ぉぉぉお」
数歩退くと、今度はすっと寄って来る気配だ、「おぉおぉお」
何なんだこいつ!?と、先輩は小屋の周りをぐるぐる回って追っかけたが、
向こうは付かず離れずの距離を保ち続け、それ以上近付くことは出来なかった。

結局正体はわからず、小屋から離れるのもさすがに怖かったので、
いい加減あきらめて、戸締まりして布団かぶって寝ることにした。
窓の外ではおぉおぉがしばらく聞こえていた。

三日目の晩はそうして過ぎた。

四日目の早朝、
「…ぉぉ…ぉぉぉ…ぉ…」
そんな、遠くから聞こえるような音を耳にして、目が覚めたそうだ。
しかしこれは夢だかどうだかわからない、と先輩は言う。

 

そしてその四日目の晩、電気を消して寝ようとすると、待ち構えたかのように、
「おおおおおおおおお」
「おぉおおおぉおおおおおおおお」
またか、うるさい。先輩はうんざりして、もう起きるのもめんどくさかったので、
横になったまま思いっきり壁ドンした。
ドンドンドンドン。
「おおおおおおおお」
ドンドンドンドン。
壁を叩き続けるうち、妙な事に、壁ドンとおぉおぉが交互に続く、
という、掛け合いのような展開になっていった。

ドンドン。
「おおおお」
ドンドンドン。
「おおおおおお」
ドン。
「おお」
ドッ。
「おぉ」
ド。
「お」
トトトト。
「ぉぉぉぉ」
ト。
「ぉ」
…。
「…」

…四日目の晩はそうして静まった。

 

そして五日目の晩からは、何の物音にも悩まされず、寝る事が出来たそうな。
他に怪異に遭遇する事もなく、先輩は無事滞在先から帰って来た。

「アレが動物か何かわからないが、多分かまって欲しかったんだと思う」
と先輩は言う。
 アレ は、相手をしてもらえたので、満足して去ったのだろうか?…
また先輩は「最終的に、壁叩いてる時、俺もちょっと面白かった」とも言った。

そんな先輩は後にバンドを組んで、ドラムを叩くようになり、
今も趣味のセッションを楽しんでいるそうだ。

【了】