【第 52 話】 UTF16 ◆IIYCd0pMW6 様

『気がつくと』

 

以前派遣現場で一緒に仕事をしていた福本君の話。
ある夜、福本君はずっと残業続きのクタクタの状態で、乗客もまばらな終電近い電車に転がり込んだ。
あいにく電車は各駅停車だったが、とにかく座りたかった彼は、まぁいいや、と思いながらぐったりと座席に沈み込み……
それからの記憶が無い。
どれくらい時間が経ったのかはわからない。
意識が無くなっていたのは一瞬だった様な気もする。
なんだかやたら寒くて冷え込んでいるのにふと目を冷ますと、何故かあたりは真っ暗だった。
「……え?」
反射的に寝過ごした、とハッとなったが、事態はそういう状況ではない様だった。
福本君は電車の中ではなく、どうやら屋外にいる様だった。
どこかの小さな駅のホームの様だが、全く見覚えのない駅で、しかも明かりも人の姿も全く無い、真っ暗なベンチに座っていた。
「どこだ、ここ?」
まだぼんやりとした頭のまま彼はあたりを見回したが、やはりまるで知らないところだった。
月明かりの下、腕時計を見ると、すでに午前2時を回っていた。
季節は晩秋だったがやけに寒く身体が冷え切っており、コートを身体に巻き付けてガタガタと震えた。
どうしてこんな事に、とまだ混乱しながらもとにかくどうやって帰ろうかと思っていると。
向こうの方に、改札口の様なところが見えた。
真っ暗で無人だったが、ここがどこかはわかるだろうと見に行くと、
改札口の様なところの向こうは何故か急な下り斜面になっており、コンクリートで舗装されている斜面にはレールが敷かれて、
ずっと下の方にまでレールは延びている様だった。
福本君がいたところは。

 

某私鉄の小さな支線の、観光地になっているケーブルカーの終点だった。
福本君が乗り込んだのは地下鉄で、その私鉄とは連絡していない。
しかも、その観光地のケーブルカーは夜遅くまで動いてはいない。
「……」
福本君は自分がどうしてこんなところにいるのかさっぱりわからず、あたりをウロウロとしてみたが、
小高い山のてっぺんにある観光地の駅の周りには、
ひとけの無い真っ暗な展望台とシャッターの閉まった土産物屋と神社があるだけで、近くには人家も無い。
また、駅から下りて行こうにも、ハイキングコースの様な山道を行くしかない様だった。
夜の暗いハイキングコースを下りてゆく気力も体力も、福本君には残されていなかった。
それゆえ仕方なく、福本君は改札口の、駅員が立つボックスの中で丸くなって朝を迎えた。

それから福本君は酷く風邪をひき、高熱を出して一週間仕事を休んだ。
どうやったら真夜中にあのケーブル線の山の上の終点にたどり着けるのか。
いまだにわからないという。

 

【了】