【第 19 話】 かーん ◆UiIW3kGSB  様

『ずっと前からそこにいた』

 

私が夏休みを利用して父の実家近くの教習所に通っていた時の話。
進路の決まった高校生や夏休みの学生が合宿を利用して通ってくる、いわゆる繁忙期の前に入校した私は
ほぼ毎日学校に通いあっという間に路上での実習が始まっていた。
当然車に慣れたともいえないまま他の運転手に混じり道路を走る五十分間は
その頃の私にとって常に緊張と恐怖との戦いでした。
そして初めてのトンネルの走行時に私は有得ないものを見てしまったのです。

「昔はこの辺りも事故が多かったんやけど、工事してからはもうすっかり」
道路開通に合わせて数年前に対面から二車線に変えたこのトンネルは時間帯もあって車が通っている気配もない。
そうは言っても山を切り開いて作ったトンネルの入り口出口は中々の急カーブ。
一人緊張感をつのらせる私に気付かず指導員は話し続ける。
助手席の指導員が話す他の2種の教習者のライトの説明に耳を傾けながらハンドルを握る私が見たものは
こちらに近づいてくる対向車のライトでした。
「えっ」
「ん?」
「いや、前…あっと…いえ、何でも…」
思わず声を出した私にのんびりした声でどうしたと返されてしまったのでつい横を見てしまう。
がちがちにハンドルを握っていた為に車が揺れ自分が車を運転していることを思い出す。
車体をまっすぐにする為に前を見た時にはライトもなければ前を走行する車もありませんでした。
パニックになる気持ちを静めて何でもないと返すだけで精いっぱいでした。
不意に蛇行運転なんかした私に指導員は笑いながら早く慣れなよと言われ
復讐項目にハンドル操作とバッチリ書かれてその日は何もなく終わりました。
きっと不必要なほどに緊張していた私の頭が勝手に作り出したものとその時はスルーしていたのですが

 

そんな出来事からしばらくたったある日。
路上での運転にもそれなりに慣れた頃の学校の帰りに興味深い話を聞いたのです。
単発の送迎バスに一人乗り帰途に着く道すがら運転手さんと話していた時の事。
「お。そうそうこの前ね。とうとう見たよ」
「何ですか?サルですか?」
「サルはここらへんどこにでもおるよ。そうでなくて、前は影も形もなかったけどね
 …このトンネル出るようになったらしいんだわ」
「出るって幽霊ですか?マジで?」
「まあ幽霊言うてもライトだけや。トンネル入ってしばらく走ると向こうからライトが近づいてくるっていう」
「それってこのトンネルなんですか?」
その話は場所は違えど私が先日体験した話に酷く似ていました。
聞くとその車は赤だったり白だったりスポーツカーであったりワゴンであったりと様々なようですが
決まってライトが近づいてくると思った瞬間消えてしまうのだそうです。
「ここ最近は大きな事故もなかったのに何でそんな噂が出るかねと仲間と話しとったんやけどね」

その時何故だか私は話に乗る気になれなくて、不思議ですねと簡単に返し違う話をしてしてしまいました。
きっと姿を確認できるようになったのがつい最近というだけなのだろうと思ったのです。
彼らはきっとずっと前からそこにいて、でも気付かれなかっただけなのだと。
対向車のなくなったトンネルではきっとよく見える。
そして…当然私たちが使っているこの車線にもきっと、運転する私たちに紛れるように…
彼らはずっと前からここにだっているのかもしれません。

【了】