【第 66 話】 ころげっと ◆8Tb0.jWhUc 様
『守護するもの』
これは昨年の冬も近いころ、私自身に起きた出来事です。
酒の席での恥のため顰蹙を買いそうですが、お話しします。
酒嫌いの方には、あらかじめ謝ります。ごめんなさい。
会社で仲の良い後輩が、同じ会社の長年片思いしていた男性に告白したところ、ふられて失恋。
落ち込んでいる彼女を放っておけず、ちょうど私自身も仕事でストレスがあり、
お互い酒好き同士だったため、翌日仕事が休みの日を選び、さしで飲む事にしました。
とはいえ、奥手で恋愛に疎い私。
良いアドバイスも出来ず、うまい励ましの言葉も出ず、ひたすら思いのたけを聞くしか出来ません。
注いで注がれるまま、ちゃんぽんで飲み続けました。
最後には、お店の人にストップをかけられるぐらいで。
お互い帰りは逆方向だったため、後輩とは店の外で別れました。
別れてすぐ、マズイと思いました。
後輩の前では自制心が働き平気だったのですが、一人になった途端に酔いが回って来たのです。
とにかく家に帰らなくては。一刻も早く家に帰って休みたい。
帰巣本能というのでしょうか。私の頭にあったのは、その一心。
二つ上の兄と住むマンションは、幸い、電車で一本のところです。
座れたのと、車内は明るく、人も乗っていたため、なんとか正気を保ち、最寄り駅で下車。
十五分の道のりを歩いて帰る自信はありませんでしたが、
遅くに兄に迎えに来てもらうのも気が引けましたし、
こんな状態では、口の悪い兄の事ですから、何を言われるかわかりません。
それに、兄の到着を待っている間に倒れ込んでしまう予感もあり、一人で歩いて帰ろうと決心しました。
とはいえ、ひょっとすると、兄は帰りの遅い私を心配してくれているかもしれない。
だとしたら、メールぐらい出そうかと携帯電話を取り出すべく、バッグをあさりました。
しかし、どこへしまったのか、携帯が見つかりません。
探すのもめんどうになり、連絡するのを諦めた瞬間、
なぜか、ここから記憶がすっぽりと抜け落ちています。
次にある記憶は、自宅の便器にしがみついているところです。
誰かが背中を強くさすっています。
「吐けよ。吐かないと死ぬぞ。お前、死にたいのかよ。俺、この年で、お前の葬式出すの嫌だからな」
遠くから聞こえる兄の声。
という事は、自力で帰れたのでしょう。
その日、私の着ていた服は、一目ぼれして買ったばかりのウールのワンピースでした。
やだ、お兄ちゃん、強くさすらないでよ。ワンピースが毛羽立っちゃうじゃん。
なんて、緊張感なく考えていた覚えがあります。
やかんの口の先を突っ込まれ、ひたすら水をがぶ飲みさせられました。
「飲んで全部吐き出せ」
「いやだ! 苦しいよう。コン、コンッ」
息苦しくて咳きこみ、ここで、また記憶が飛びます。
その次の記憶は、ベッドの中です。
すでに外はすっかり明るく、時計を見ると十三時を過ぎていました。
例のワンピースを着たままです。
頭がガンガンし、胸もムカムカします。当然ながら、二日酔いです。
なぜか、顔がヒリヒリしていました。鏡を見ると、うっすらと赤いすり傷が数本出来ています。
兄は仕事に出かけており、家には私一人。
キッチンのテーブルに、一本のリ○ビタンDが置かれていました。傍には兄の手書きのメモが。
「これでも飲んでゆっくり休め。疲れているんだろう。たまには休めよ」
兄はろくに寝ずに仕事に出かけたんだろうと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
痛む頭を取り替えたいと、ベッドの上でのたうち回っていたら、自宅の電話が鳴りました。
兄からでした。
「そろそろ起きる頃じゃないかと思って。大丈夫か、生きているか?」
「うん、だいじょぶ。頭、痛いけど。気持ちも悪いけど」
「お前、ほんとバカだなあ」
「うん」
いつもなら言い返すのですが、大人しくうなづきました。
「今夜はメシ作らなくていいぞ。なんか適当に買ってくから」
「うん、分かった。ありがと」
「やけに素直で気持ち悪いな。昨日は本当にビビったぜ。お前が死ぬんじゃないかと思って。
吐けっつっても、なかなか吐こうとしないし。こいつ、死にたがってるんじゃないかって。
なーに、俺よりいい男が見つからないからって、人生、悲観する事はないぜ」
「バッカじゃないの」
「あはははっ。元気が出てきたな。安心したぜ。
そういや、昨日のメール、あれ、何だよ。マジでビビった。こいつ、とうとう気が変になったって」
「メール? 何の事?」
「あの、訳わかんないやつだよ。お陰でウトウトしてたのに飛び起きたわ。そんで、慌てて迎えに行ったんだ。
タバコ屋の前の生垣に頭突っ込んで倒れてて。叩き起こしたら、いきなりすごい咳きこむの。コンコンって。
まあ、いいや、横になれ。今日は、俺、早く帰るから。帰ったら、土下座して感謝しろよ」
立っているのもやっとだったため、これ幸いと、すぐにベッドに戻りかけましたが、兄の言葉が気にかかります。
携帯のメールを見ようと、バッグの中の携帯を探し始めました。が、ありません。
ワンピースも探しましたが、飾り用のポケットがあるだけで本物はついていませんから、当然ありません。
家の中? 自宅電話を使って鳴らしても反応なし。
ひょっとして、歩きながらカバンをゴソゴソやった時、落としてしまったんじゃないか。
駅までの道を歩きましたが、落ちていません。
駅前交番、駅の事務室にも確認しましたが、ダメでした。
タバコ屋前で倒れている時に、カバンから盗まれた?
半泣きで家に戻り、玄関のカギを開けようとしていると、またもや家の電話の鳴る音が。
靴を脱ぎ捨て、急いで出れば、聞き覚えのない爽やかな男性の声。
「携帯電話を忘れておられませんか?」
昨晩飲んだ居酒屋の店員さんでした。
私たちが店を出てすぐ、テーブルに携帯が置き忘れられているのに気が付き、
追いかけたものの、すでに姿は見当たらなかったそうです。
二日酔いもすっかり吹き飛び、居酒屋へ急ぎました。
応対してくれたのは、電話で話した男性。拾ってくれたのも彼でした。
何度も何度も頭を下げて、携帯を受け取りました。
「すぐにご連絡すればよかったんですが、片付けやらなんやらで忙しくて、
俺もだけど、皆、忘れちゃってたんですよ。で、今日仕事来て思い出して。すみませんでした」
謝るのはこちらの方だと伝え、丁重にお礼を言って、店を出ました。
さっそく、兄への送信メールを見てみました。
そこに書かれていた文章を読み、わさわさわさっと全身に鳥肌が立ちました。
書かれていたのは、こうでした。
「ヤバイじゃん今またいやばい! シヌカ」
支離滅裂な言葉の羅列。
酔っぱらって書いたのかと思いましたが、送信時刻と状況から考えて、私が書いたものではありません。
だとしたら、誰が?
ふと、中学生の時、友人とやったコックリさんで、守護霊を尋ねてみたのを思い出しました。
十円玉が動いた先の文字は、「シ、ロ、イ、キ、ツ、ネ」でした。
確かに実家の裏には神社があり、白狐が祀られていました。
兄や友達と遊ぶ約束をしていない日は、一人でその境内で遊んでいました。
一人でも不思議と怖くありませんでした。
これが、私の経験した守護霊は本当にいるのかもと思った出来事です。
こんなダメ人間でも助けてくれるなんて、ありがたい事です。
それはそうと、完全なる余談ですが、後日、お礼を兼ねて、あの居酒屋に客として訪れました。
もちろん、今度は節度を保って飲みました。
そして、あの爽やか店員さんと親しくなりたいと、守護霊にお願いしてみたのですが、
何も起こりませんでした。
それぐらい、自分で何とかしろよって事なんでしょうね。
【了】